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特別連載コラム

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第1回食品の変色事例の原因菌の特定

独立行政法人 産業技術総合研究所
総括研究主幹 花田智

要旨

 食品変敗における変色は、食品に含まれる成分自体の変化(変色)が原因となっていることが多いですが、微生物(細菌や酵母、カビ)が生産する色素が変色の直接原因となっているものも少なからず存在します。本コラムでは、微生物が生産する色素による食品変色(変敗)事例を紹介していきます(全五回連載)。

食品の色と微生物による変色

 食品に固有の色があります。食品の色合いはある特定の色素(色を持った物質)が多く含まれていることによります。トマトが赤いのはリコペンという赤色の色素が多量に含まれているから、紅鮭の身やイクラが赤いのはアスタキサンチンと呼ばれる色素をもっているからです。リコペンもアスタキサンチンもともにカロテノイドと呼ばれる赤色色素です。
 では、精肉(牛肉や豚肉)が赤いのは何故でしょう? これもカロテノイドによるものでしょうか? トマトや紅鮭の切り身は熱を加えて調理してもその色合いは損なわれませんが、精肉の場合は熱によって鮮やかな赤みは容易に失われてしまいます。そのことから考えても、精肉の色合いはカロテノイドではなさそうです。精肉の赤さはミオグロビンというタンパク質なのです。牛肉や豚肉だけでなく、マグロやカツオの切り身が赤く見えるのもミオグロビンを大量に含んでいるからです。
 ミオグロビンは自らの色合いを変化させやすい性質を持っています。酸素のあるなしだけでも、カロテノイドに比べはるかに容易にその色合いが変化します。酸化型のミオグロビン(「オキシミオグロビン」と呼ばれますが、酸素をたっぷり含んだミオグロビンと言えます)は鮮やかな赤紅色をしていて、それが新鮮な生肉の色調となっています。しかし、この「オキシミオグロビン」は空気中でさらに酸化されると「メトミオグロビン」に変化し、鮮やかな赤は失われて褐色みを帯びる―これが“肉の色が悪くなる”原因なのです。
 この様な肉の色の変化は、誰でも折に触れて目にすることがある“平凡な変色”と言えるでしょう。ただ、赤い精肉が褐色みを帯びるにとどまらず、“緑色”に変色した場合は、どう思われるでしょうか? 明らかに普通ではない変色に驚かれることと思いますが、精肉の緑変は“変敗(腐敗や変色)事例”としてしばしば見られるケースです。これは「メトミオグロビン」がさらに酸化されて「コールミオグロビン」という緑色の物質に変化したことが、この変色の原因なのです。なお、「コールミオグロビン」への変化は「過酸化水素」による酸化作用によって引き起こされますが、その過酸化水素はどうやって生成されたのでしょうか?
 実は、この過酸化水素は乳酸菌という微生物によって作り出されたものです。乳酸菌はヨーグルトの生産にも使われる無酸素状態で発酵する微生物ですが、肉の表面など酸素のある環境では過酸化水素を発生し、緑変という変色を引き起こします。この様な変色は精肉だけでなく、ハムなどの加熱加工肉でも発生することが知られており、精肉と同様に乳酸菌の増殖がその原因であることが分かっています。
 精肉の緑変は、乳酸菌の作用が原因となっていることから、本コラムの題名である「微生物による食品の変色事例」の一例とすることができるでしょう。しかし、食品の変色変敗事例は、食品に含まれる成分の色調変化だけではなく、微生物自体が持つ独特な色素が直接の変色原因となることもあります。実際に多くの微生物が色素を作り出すことが知られていて、それによる着色は発酵食品の中に見出すことも出来ます。たとえば、沖縄の「唐芙蓉(とうふよう)」は豆腐を発酵させて作った深い紅色の発酵食品ですが、その赤色は発酵に用いられた紅麹(モナスカス)が生産するアンカフラビンなどの色素によるものなのです。また、ブルーチーズの青緑色に見える部分も青カビ(ペニシリウム)自体の発色であることはご存じの方も多いかもしれません。
 一部の発酵食品の色合いが微生物の色素によることからも想像出来るように、微生物が生産する色素を原因とする食品の変色もまた存在します。本エッセイでは、この緒言を含め全五回の連載で、私がイカリ消毒株式会社LC環境検査センターとともに分析を行った微生物生産色素を原因とする食品変色変敗事例を紹介していきます。

花田智

著者略歴

花田 智(はなださとし)

独立行政法人産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 総括研究主幹。理学博士。「ジェマテモナデテス門」という生物界において全く新しい「門」を発見した細菌系統分類学者でもある。研究の合間に劇団で脚本家・演出家としても活躍し、数々の賞を受賞。また、SF小説も執筆する多彩な才能の持ち主。