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第2回 食品の変色事例の原因菌の特定

独立行政法人 産業技術総合研究所
総括研究主幹 花田智

微生物による食品変色(1)
−ターキー水煮の赤変−

 第二回目のコラムから、いきなりではありますが極めて迫力のある変色変敗事例を紹介したいと思います。ナイロンパックされたターキー(七面鳥)の水煮の表面が鮮やかな赤色に染まったという事例です。まるで“鮮血に染められたかのような禍々しいばかりの赤色”です(図1)。微生物由来の鮮やかな赤色色素としては、カロテノイドが有力候補としてあげられますが、この鶏肉表面の色合いは、単に鮮やかというだけでなく、蛍光みを帯びた赤色であり、カロテノイド色素のようには見えませんでした。

 鶏肉表面で微生物が増殖しているのは明らかなので培養を試みたところ、普通寒天平板上に形成された真紅のコロニーの形成が認められました(図2)。微生物の培養には、一般的に寒天で固めた培地(養分を含んだ培養液)を用います。その寒天の表面に採取した微生物懸濁液を塗布して適切な温度で培養すると、図2のように寒天表面に“コロニー”と呼ばれる微生物の塊が現れます。そして、現れた菌が“何者”であるかを知る(同定する)ためには“16S rRNA 遺伝子”の配列を決定し比較してしまうのが手っ取り早いのです(この様な方法を“分子系統学的解析による分類同定法”と言います)。この分子生物学的手法により、この赤い微生物がセラチア属細菌であることが分かりました。

 セラチア属細菌はプロジギオシンという赤色色素を作ることが知られています(図3)。プロジギオシンは極めて鮮やかな色調を持つ脂溶性の色素であり、クロロホルム-メタノール混合溶液で(1:1)で容易に抽出できます。分離培養された菌体と鶏肉表面から赤色色素の抽出を試みたところ、双方ともに混合溶液で簡単に赤い色素が抽出されました。プロジギオシンは緑色光——光の波長で言えば540 ナノメートル——を強く吸収することが知られています。“分光測定機”という色素の吸収波長を測定できる装置で分析した結果、抽出された色素は540 ナノメートルの光を吸収することが分かりプロジギオシンと判定できました。つまり、ターキーの水煮は、その表面で増殖したセラチア属細菌が生産するプロジギオシンという赤色色素によって赤く染められたということだったのです。
 このセラチア属細菌は、環境中に普遍的に存在する細菌のひとつであり、ヒトの口腔内や糞便等からもしばしば検出される「常在菌」とみなされる細菌です。製造環境において殺菌などに問題があった場合には、食品変敗の原因となってもおかしくありません。ただ、セラチア属細菌の一部は“日和見感染症”を引き起こすことが報告されています。本事例は滅菌後の汚染が原因だと考えられますが、「禍々しい赤色が気持ち悪いから」というだけでなく、セラチア属細菌は食品から検出されて欲しくはない微生物と言えるでしょう。

花田智

著者略歴

花田 智(はなださとし)

独立行政法人産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 総括研究主幹。理学博士。「ジェマテモナデテス門」という生物界において全く新しい「門」を発見した細菌系統分類学者でもある。研究の合間に劇団で脚本家・演出家としても活躍し、数々の賞を受賞。また、SF小説も執筆する多彩な才能の持ち主。