特集

特別連載コラム

限定!特別連載コラム

第4回 食品の変色事例の原因菌の特定

独立行政法人 産業技術総合研究所
総括研究主幹 花田智

微生物による食品変色事例(3) -ちくわがほんのり桜色に変色-

図1 ほんのりと桜色に変色したちくわ

 今回の食品変色事例は、ちくわが部分的にほんのりと桜色に変色したというものです(図1)。変色は表面だけではなくちくわ内部にまで及んでおり、加熱滅菌が不完全であったことが疑われる事例です。食品の変敗(腐敗)の原因微生物として有名なバチルス属やクロストリジウム属細菌は、“芽胞(スポア)”という特殊な細胞を形成することが知られています。“芽胞”は極めて強い高温耐性を持ち、沸騰温度でも死滅することはありません。この様な“芽胞”を滅菌する(完全に不活性化する)ためには、121℃、2気圧の高温高圧の条件が必要とされています。

図2 変色したちくわから分離されたスポロサルシナ属細菌のコロニー

 このちくわの変色事例は、芽胞を形成する細菌が加工過程で混入したことが原因であり、桜色の変色は混入菌の生産する赤色カロテノイドによるものと推測し、平板寒天培養を行ったところ、標準寒天培地上に、ちくわの変色に似た色調の“ほんのりと桜色”を呈するコロニーが出現しました(図2)。16SrRNA遺伝子配列に基づく系統解析の結果、この分離菌株はバチルス属に近縁なスポロサルシナ属細菌と同定されました。スポロサルシナ属に属する細菌は、芽胞を形成する能力を持つグラム陽性細菌(グラム染色という染色法で青く染まる細菌群で、バチルス属やクロストリジウム属も同様の染色性を示します)であり、熱に対して強い耐性を示します(煮沸では死滅しないのです)。このスポロサルシナ属細菌がちくわの加工過程で混入し、熱処理によって死滅することなく、加工後に保管されていたちくわの中で増殖したものと結論しました。この細菌が生産する桜色のカロテノイドが原因でちくわの変色が引き起こされたわけです。

図3 分離されたスポロサルシナ属細菌の顕微鏡写真

 分離されたスポロサルシナ属細菌を顕微鏡観察したところ、二連や四連の球菌(なお、四連球菌のことを“サルシナ”と呼びます)だけでなく、短い桿菌(桿菌とは棍棒上の形状を持つ細菌のこと)や長い桿菌まで様々な形態の細胞が確認されました(図3)。一般的に細菌の細胞形状は一定であり、球菌なら分裂しても球菌のままですし、また短桿菌(短い棒状の形状をした細菌)であれば、何度分裂しても同様に短桿状の形態のままです。変色したちくわから分離した細菌に見られる「細胞形態の混在」は“多形態性(プレオモルフ)”と呼ばれる特殊な性質です。この“多形態性”はスポロサルシナ属細菌だけではなく、同じグラム陽性細菌に属するアルスロバクター属やブレビバクテリウム属、ミクロバクテリウム属、ロドコッカス属に属する細菌の中にもしばしば見られる性質なのです。

花田智

著者略歴

花田 智(はなださとし)

独立行政法人産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 総括研究主幹。理学博士。「ジェマテモナデテス門」という生物界において全く新しい「門」を発見した細菌系統分類学者でもある。研究の合間に劇団で脚本家・演出家としても活躍し、数々の賞を受賞。また、SF小説も執筆する多彩な才能の持ち主。