食品工場の洗浄をはじめとした衛生管理は、製品の安全・安心を確保するために欠かせない工程です。工場内の清掃や洗浄が不十分で汚れを放置すると菌やカビの繁殖を招き、食中毒や異物混入の原因となります。また、アレルゲン物質の残留など消費者に大きな影響を与える可能性があります。本記事では、食品工場の洗浄の重要性、汚れの種類と対策、適切な洗浄剤の選び方について解説します。
私たちは、快適に過ごすために、日頃から活動の場である家庭や事業所をきれいに清掃したり、整理整頓したりしながら暮らしています。新型コロナウイルスの感染拡大を乗り越えた今日、消毒もより広く一般的になったといえるでしょう。それは、食品製造を行う現場、食品工場においても同様で、たゆまぬ努力がなされていることと思います。しかし、食品工場では、製造品目の切り替えが多く、食材や風味のコンタミネーションを防ぐため、都度現場の「洗浄」が必要になります。単なる清掃とは異なるので、そこまでして行わなければならない理由や得られるメリットがわかりにくいと感じる方も多いことと思います。
では、そもそもなぜ洗浄が必要なのでしょうか。怠るとどのようなリスクがあるのでしょうか。
工場内の汚れの元となるのは、もちろん食材や調味料です。動物の肉や魚、植物などの食材は、油脂やタンパク質、炭水化物を多く含みます。そして、それらは水に溶けにくいため、洗浄しづらく、すすいでも汚れとして残りやすい性質があります。たとえば製造ラインに付着した汚れを放置すると、それをよりどころにして菌やカビ、虫の増殖を促してしまうことにつながります。また、アレルゲンはタンパク質なので、次の製造品にアレルゲンを持ち越してしまうことにもなりかねません。このように、洗浄を怠ると単に見た目が汚いというだけではなく、製造品の品質を下げてしまうことにつながるのです。
食品製造における大切なことの一つに、食中毒、異物混入などの食品事故を起こさないことがあります(図1)。自然界には多種類の菌や真菌(カビ、酵母など)が存在していて、人にとって有害なものもあります。原材料からの持ち込みや、空調やコンテナ、人によって持ち込まれたものは、水分があれば工場内の汚れを餌にして、工場内で増殖し、食品への混入につながります。ゆえに、加工ライン上での除菌は常に意識され、次亜塩素酸ナトリウムやアルコール製剤によって、除菌処理された上で製造されることでしょう。
(図1)
また、虫など肉眼でも見える生物も、異物として食品に混入することは避けなければなりません。工場外から侵入され、水と餌(汚れ)がある箇所で定着を許してしまうと、いくら自動検品機器や目視検品工程を充実させても、断続的に虫の混入問題に悩まされることになります。
これらの問題に共通しているのは、対症療法的な除菌や防虫処理だけでは、問題の種類が変わるたびに都度対応せねばならず、いたちごっこになる点です。
そこで考え方を変え、生物が繁殖するサイクルを断ち切ることで、そもそもの問題の発生確率を下げることを考えていきましょう。生物が生きるためには、おおよそ適度な温度と水、餌が必要になりますが、その中でももっとも容易に取り除くことができるのは、餌、つまり汚れです。それを可能にするのが洗浄であり、洗浄をもっとも効果的に、最適化するために開発されているのが、業務用の洗浄剤なのです。
業務用の洗浄剤は、こすり洗いなどの物理的なアクションをなるべくしなくて済むよう、化学反応の力で汚れを分解・除去できるように設計してあります。食品工場では、国籍も知識も経験も異なるさまざまな従業員が日替わりで洗浄を行うことが前提になるため、コツなどが必要なく、誰が実施しても自動的に汚れが落ちるよう、汚れに合った洗浄剤を選ぶ必要があります(図2)。
(図2)
先ほど述べたように、食品工場で出る汚れは食品を構成する食材由来の油脂、タンパク質、炭水化物などの成分、あるいはその複合体がメインになります(図3)
汚れは種類によって構造が異なるものなので、効果的な洗浄成分も異なります。複合体の汚れの場合、すべての汚れを等しく落とせるような都合の良いものはなかなかありません。したがって、メインの汚れ成分、もっとも落ちにくい汚れ成分が何なのかを現場で見極めることが重要であり、そこにフォーカスした洗浄剤を選ぶことで、ラクに汚れを落とすことができます。
次に汚れごとに適した洗浄剤を、理由とともに解説していきます。
(図3)
食品工場で一般的に「油汚れ」といわれるものは、動植物に含まれる油脂のことを指し、水で落とすことのできない汚れの代表格です。グリセリンと脂肪酸からなる共通した構造を持っており、熱がかかったり、時間が経つことで変性して架橋構造をとり、粘性がアップ。落とすことが難しくなるという特徴があります。
そのような油脂汚れには、アルカリ成分と溶剤成分が効果的です。アルカリ性の洗浄剤は、油脂を分解し水に溶ける状態にするので、すすいで除去することができます。
積層した油脂汚れに対しては、表面をアルカリで分解するだけでは除去しきれないので、溶剤を含む洗浄剤をお薦めします。溶剤は油脂を溶かして洗い流すことができるため、積層したしつこい油脂汚れもスッキリ落とすことができます。
タンパク質は多くの生物を構成する主成分なので、もっとも汚れとして出やすい成分です。したがって、多くの食品工場では、タンパク質を除去することが清潔衛生の第一歩であると思います。また、菌もタンパク質でできているため、強力なタンパク質除去洗浄剤は加工ラインの菌を除去するのにも役立ちます。
タンパク質はアミノ酸が多数結合して凝集したもので、水に溶けにくいため、アルカリや次亜塩素酸ナトリウムで分解して、水に溶解できる状態にしてから除去します。油脂汚れと同様にアルカリが有効なので、洗浄剤を共通化するのもよいでしょう。
炭水化物汚れの代表格といえば、米飯、麺類です。糖類の高分子になります。糖類もアルカリによって分解することができますが、化学的に安定した構造を持っているため、劇的な効果は期待できません。分解酵素を含む洗浄剤での前浸漬や、こすり洗いなどと組み合わせて洗浄しましょう。
製造品の菌数制御に困っている場合、汚れが付着したままになっている部分がないかを確認しましょう。見た目、触感、臭いなど五感で汚れを感じ取ることも重要ですが、ATP 検査などで数値化することもできます。汚れが残っている箇所とそこで使用されている食材を照らし合わせれば、おのずと汚れの種類を絞ることが可能です。ふだん使用している洗浄剤が前述の効果的なものであるかを確認しましょう。洗浄剤の製品ラベルの成分欄には主たる成分が記載されており、SDS(安全データシート)には製品のpH など物性も記載されていますので、参考にしてください。
最後に、汚れとは別に洗浄剤で落とさなければならないものとして、カビがあります。
カビは、食品工場では避けられない問題ですが、カビや酵母は真菌類という真核生物の仲間で、菌とは違い多細胞。どちらかといえば植物に近い存在です。菌糸体と胞子など、構造の違う部位からなるため、一様に根絶することが難しいのですが、強いて挙げるならば強力な酸化剤、たとえば次亜塩素酸ナトリウムを含む洗浄剤がもっとも有効です。カビの細胞を破壊して除去し、漂白もできるため、リセット洗浄には次亜塩素酸ナトリウム製剤を使用しましょう。もちろん、カビの生育環境を奪うことで行う防カビ施策も、常日頃から意識して実施することが重要です(図4)。
きれいな状態の時から作業場に風の流れを作り、生物が繁殖するのに必要な湿気(水)が一か所にたまるのを防いだり、餌となる汚れがたまらないよう、床や壁、機器の隙間やエアコンの洗浄も欠かさず行うことが大切です。
(図4)
ここまでの解説は、あくまで一般的な事柄です。工場の汚れの状態、洗浄頻度や管理基準によって、その現場に適した洗浄剤やその使用濃度は変わります。また、従業員の練度不足や洗浄の実施時間が短いなどの問題があったとしても効果的な洗浄が実施できるよう、洗浄剤を自動希釈にする、自動発泡装置を導入するなど、作業オペレーションをよりラクに、そして確実な方法に変えていくことが重要です。
『月刊クリンネス』2025年2月号特集, p2-7, 改編
2005 年ライオン株式会社に入社。研究部門で殺虫剤の開発に携わる。
2017 年よりライオンハイジーン株式会社企画開発部所属。
食品工場向けの洗浄剤のマーケティング、商品企画、販促業務に従事。
▶ライオンハイジーン株式会社
https://www.lionhygiene.co.jp/