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プロフェッショナルに訊く 第9回 飲食店における有害生物対策(前編)

1. はじめに

いつもおいしい料理を提供してくれる飲食店。誰もが一度は利用したことがあるだろう。人間が食べるために作られた料理であるが、他の生き物にとっての餌にもなる。この料理や食材を餌にする生き物が、人間に悪影響を及ぼし、しばしば問題となっている。
本稿では飲食店において、人間に何らかの悪影響を及ぼす生き物を有害生物と称し、その対策について解説する。

2. 被害を及ぼす主な有害生物

有害生物対策が難しい要因は有害生物の種類の多さに加え、運動能力や繁殖力の高さである。種類によって、生態(餌や生息環境など)、形態(大きさや形、色など)が異なり、歩行するだけでなく飛翔することもできる。また、昆虫類は発育ステージ、つまり幼虫の生息場所と成虫の生息場所が異なる。飛んでいる虫を捕獲するだけでは十分な対策とは言えず、発生源を無くす対策をセットで行うことが必要である。
このように様々な特性を持った有害生物が飲食店に侵入するわけであるが、その侵入経路は出入り口や窓、通気口、排水溝、その他隙間などの建物に由来するもの、食材、原料、関連する容器に付着して持ち込まれるもの、それから利用、店内スタッフといった人に付着して持ち込まれるものなどさまざまである。可能な限り侵入防止対策をすべきだが、完全に侵入を防止することは不可能である。
侵入した飲食店が有害生物の繁殖条件を満たしていると容易に増殖する。チョウバエ類などの微小な昆虫類であれば10日ほどで卵から成虫になってしまう。
有害生物の中で、我々と同じ哺乳類では「家ネズミ」と言われるドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミが代表格である。特に賢く、警戒心が強く、上下移動が得意なクマネズミは都市部のビルで問題を引き起こすケースが多く、その対策は非常に高度な技術を必要とする。中には殺鼠剤が効きにくい“スーパーラット”が存在することも難易度を引き上げる一因になっている。
昆虫類は地球上で最も種類数が多く種類によって餌が異なる。よって店舗で使用する食材の種類が多いほど、問題となる昆虫類が多くなる傾向がある。食品残渣やカビ、排水溝にたまった汚れなどを餌にする種類もいる。主な昆虫類の詳細については本特集第1回(図表3)を参照されたい。

3. 有害生物由来の様々な被害

数ミリと小さな昆虫類であっても、問題になったときの被害はとても大きなものである。ここでは被害の種類別に解説する。

衛生的被害

最も注目すべき有害生物は食中毒菌を媒介するネズミ、ゴキブリ類、ハエ類などの「衛生害虫」である。これら衛生害虫は不衛生な場所を生息場所とする傾向があり、脚や体表に食中毒菌が付着している可能性が高い。これらが能動的に動き回ることで、料理や食材を汚染し、食中毒の要因になることがある。また、食中毒菌が体に付着した衛生害虫を代表とする有害生物が、あるいはそれらの排せつ物が混入した料理を食べた人は食中毒を引き起こす恐れがある。

経済的被害

ネズミ、ゴキブリ類、ハエ類などは不潔なイメージだが、虫そのものを不快に思う人もいる。店内でこれら有害生物を見た利用客が不快に思い、店の衛生管理に悪い印象を持つかもしれない。このような印象を持った利用客のリピートは望めない。
有害生物は原料の食材を餌にすること(食害)がある。これら有害生物の食害を受けた原料は不衛生で調理には使用できない。廃棄し、新たに原料を購入しなければならない。
ネズミによる経済的被害として大きな被害は火災である。ネズミは常に歯が伸び続ける特性のため、固いものを齧(かじ)って歯が長くならないようにしなくてはならない。また、高い運動力をもって壁の中や天井裏、厨房機器の中に潜み、小さな隙間があれば簡単に通り抜けることができる。過去には電気ケーブルを齧ったことで発生した短絡事故や、分電盤に入り込んで感電し火災に発展した事例がある。

SNS

利用客の多くがスマートフォンを持ち、簡単に写真を撮影することができる時代である。利用客がおいしい料理を記録するだけなら良いが、有害生物が混入している様子を撮影してSNSにのせた事例は少なくない。このようなことがあると、店のイメージは激しく落ち、経営自体に悪影響を及ぼしてしまう。

雇用的被害

利用客が有害生物を見て不快に思うのと同じく、その店で働く従業員も不快に思うものである。耐えられず辞めてしまい、代わりの人材を探す手間が生じ、その手間にかける時間と費用は少なくない。

4. 飲食店特有の問題点

誘引源

店内や周囲には有害生物を引き寄せる要因が多く存在する。例えば調理場の裏や出入り口付近に常時臭いを放っているゴミ庫やグリーストラップがある状態は有害生物を引き寄せる要因である。その他、調理の臭いが排出される換気扇の外側は有害生物を引き寄せやすい環境である。引き寄せられた有害生物は出入り口が開放された瞬間や隙間を見つけて店内に侵入する。
昆虫類は光に集まる“走光性”という習性をもつものがいる。夜間に営業する店であれば、看板、出入り口、店内等様々な照明が欠かせないが、これらの光は人だけでなく昆虫類も引き寄せてしまう。さらには引き寄せられた昆虫類をねらって、捕食性の生物が集まってくる。

バリア機能

ドアや窓などは必要時以外を外部環境と遮断する設備で有害生物を店内に入らせないための機能を持つ。ドアや窓の開閉管理は有害生物を侵入させない重要な要素である。特に飲食店舗の特徴として飲食スペースや調理場が外部とドア1枚で仕切られていることが多く、バリア性が高いとは言えない。火を使う調理場は夏季には非常に高温になるため、換気目的でドアや窓が開放されている場面を見るが、このような状態はバリア性が低く有害生物が入りやすい状態である。
店舗の経年劣化に伴って、壁などに隙間が生じ、有害生物が入りやすくなっているケースがある。ゴキブリ類は数ミリの隙間があれば侵入が可能である。
換気扇や換気窓には防虫網が取り付けられているが、通過できるサイズの微小昆虫がいるため完全なバリア機能にはならず、気圧差や臭いによって店内に入ってしまうケースがある。
下水管や埋設排水管の中でも様々な有害生物が生息している。これらと通じる排水口にベル型やS字型などの水封トラップを設置し、機能していないと下水から有害生物が侵入するケースがある。

発生源

店内や周囲において有害生物の餌になり得る物が一定期間以上あれば有害生物は容易に増殖する。ゴミ庫やグリーストラップ、店内であれば食材残渣や回転の悪い食材、排水溝に付着した汚れやヌメリがそれに該当する。
上記に加え、営巣ができる環境、巣材になるものがある環境であればさらに増殖する。ネズミであればビニール屑、紙屑などを巣材として利用し、段ボールはゴキブリ類を代表として様々な昆虫類が利用する。

サニタリーデザイン

人の手が入りづらい場所は有害生物にとって棲みやすい環境である。回転の悪い食材や包材は物置の奥に追いやられていることが多く、久しぶりに使おうとしたときに有害生物と出くわすことは少なくない。
調理機器は隙間なく据え付けられていることが多いため、隅々まできれいに洗うことができない構造や配置になっている。奥は汚れが溜まりやすく有害生物の営巣場所になっていることが多い。排水溝のグレーチングに調理機器が乗っているため、排水溝の洗浄ができずに有害生物が増殖してしまうケースがある。
常時濡れた床や水平でなく凹凸による水たまりがある状態は有害生物にとって好条件である。ネズミにとっては水飲み場であり、昆虫類にとっては繁殖場所になる。

裏を返せばこれらの問題点は次の予防策や改善策につながるヒントである。