特集

月刊「クリンネス」より

バイオセーフティの基礎知識

シリーズ② バイオハザードの実態 
/バイオメディカルサイエンス研究会 理事長
小松俊彦

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月刊クリンネス

バイオハザード(生物災害)の最も一般的なものは、病原微生物による実験室内感染であります。バイオハザードを歴史的に見ますと、1676年に細菌が発見されて以降、実験室内で研究者が感染し、犠牲となる事例が見られるようになりました。また、ウイルスが発見されるとともに、ウイルスによる実験室内感染が発生しております。
起因となった細菌ではブルセラ症・腸チフス・野兎病・結核などで、ウイルスでは肝炎・ベネズエラ脳炎・日本脳炎・インフルエンザ、リケッチアではQ熱、真菌では皮膚糸状菌症、クラミジアではオウム病、寄生虫ではトキソプラズマ症であります。実験室内感染がどのような場合に起きるかを見ますと、主に実験室作業中のピペットによる誤飲、注射器での針刺、病原体を含む空気中の粒子の吸入によることが報じられています。
わが国で報告されている実験室内感染の事例では、原因で最も多いのが結核菌、インフルエンザウイルス、ツツガムシ病リケッチャ、B型肝炎ウイルスであります。動物実験室では、ハンタウイルスによる腎症候性出血熱が認められています。
ここでバイオハザードのエピソードを一つ紹介します。わが国最初のバイオハザードを受け、その犠牲となった病原微生物の学者は、偉人伝で名を馳せる野口英世であります。1927年、今から84年前にアフリカの黄金海岸(ガーナ共和国)のアクラの地で一人の日本人研究者が死亡しました。彼は、米国ロックフェラー研究所のスタッフとして中南米(エクアドル共和国)で黄熱病研究のため、一命を捧げた研究者であります。ニューヨークの英世の墓標には、「野口英世、彼は全てを科学に捧げ、全人類のために生き、全人類のために死す」と記されています。病原微生物との闘いに敗れた科学の戦士として美談化されておりますが、現代では、バイオハザードの犠牲者と見なされております。
わが国で発生したバイオハザードに関連するB型肝炎ウイルスの院内感染の一例を紹介します。1987年、某大学医学部付属病院で二人の若い医師が劇症肝炎で死亡、患者の血液を取り扱い中にB型肝炎ウイルスに感染したと見られています。症例の1は、25才の女医で、7月6日激しい疲労と39度の発熱で発症しました。肝炎と診断され緊急入院しましたが、2病日で昏睡状態となり死亡。症例の2は、症例の1と同じ症状で3病日で死亡したことが報じられています。このようにB型ウイルスによる院内感染で医師が劇症肝炎で死亡する事例が見られており、バイオハザードと認識され、その対策が急務となりました。
こうしたバイオハザードの事例がありながら、積極的な対策がこれまで求められなかったことは、事例が特定し難いこと、あるいは当人自身の対処により表面化せず、問題提起につながらなかったなどの理由によるものと考えられます。
しかしながら、近年においては、世界の多数の国がバイオハザード対策に積極的に取り組むようになっております。その理由は、新しい病原微生物が出現し新たな感染症が登場したこと、遺伝子組換え研究の急速な進展やバイオテロの危険性の問題が浮上したことにあります。
これらの理由に係わる研究分野の研究者およびその施設においては、バイオハザードの実態をふまえ、研究者の安全確保とともに研究施設等の社会的責任からも、バイオハザード対策の必要性が理解され、現在では感染症法や関係指針が示され、安全対策がとられております。