特集

月刊「クリンネス」より

バイオセーフティの基礎知識

シリーズ⑥ バイオテロとバイオセーフティ 
/NPO法人 NBCR対策推進機構 理事長 工学博士
井上忠雄

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月刊クリンネス

バイオテロリズムとは、政治目的や自分たちの目的のために病原性微生物等の生物剤や毒素等を武器として人を殺傷或いは長期に無力化したり、または動物や植物に病気を起こさせたりして、社会をパニック状態におとしめる暴力行為を言います。最近では、生物兵器や毒素兵器に手を染める国やテロ・犯罪グループが存在し、彼らの潜在的能力は近代化しており、バイオテロが起こる可能性が心配されています。生物・毒素兵器は、最小の資本と技術の投資で、安価かつ秘密裏に、外部からの支援や援助なしに、何処にでもある民需の技術や装置を使って容易に開発・製造することができ、最も死亡率の高い大量殺傷型の手段となるために、テロ達にとっては魅力的な手段となっています。
特に、これに拍車を掛けているのが最近のバイロテクノロジーの目覚ましい発展で、新しい生物剤出現の可能性(遺伝子工学的生物剤など)などが指摘されています。生物災害の恐ろしさが特に強調されるのは次のような生物剤の特徴です。①生物兵器や生物剤は潜伏期を持つ(大流行・拡散の可能性)、②少量でも大量の人・動物・植物などを死滅させる、③種類が多い、④秘密裏に生産、保持でき、自然流行を装って使用が可能である、などです。このようなことから将来における人類の死活的脅威の一つは生物災害であると見られています。
これまで生起したバイオテロの一例をあげてみますと1984年米国のラジニーシ教団が、食物感染するサルモネラ菌を用いて政治目的で引き起こしたバイオテロ事件があり、751名が被害に遭っています。次は、2001年9月11日、米国の同時多発テロ直後に発生した炭疽菌粉末郵送事件で22名が負傷し、うち5名が死亡しました。この事件では直接・間接の経済的損失は60億ドル以上と言われています。日本ではオウム真理教がバイオテロ事件を起こしましたが失敗に終わっています。
このようなバイオテロを如何に防止し、安全を確保するかがバイオセーフテイの重要な関連分野です。バイオテロ対策の基本は、安全対策と防護対策の確立にあります。生物テロ対策においては、まずテロを起こさせないため未然防止に最大の努力が必要ですが、同時にテロが起こった場合、被害を局限するための平素からの備えが重要です。このためには、次のような対策が重視されています。①生物テロ防止の技術とサーベイランスの確立、②生物テロ検知のための疫学的能力の向上、③正確な情報伝達システムの構築、④有事に対応できる医療機関の整備、⑤迅速診断法の確立と診断薬、⑥ワクチン及び薬剤の充分な備蓄、⑦関係職員に対する教育・訓練、⑧一般市民に対する適正な知識の付与、⑨市民による監視、などです。
我が国では、オウム真理教のバイオテロ事件や北朝鮮の生物兵器の開発についての米国からの報告と注意喚起を受けたのを契機に、政府による具体的な生物兵器・バイオテロ対処が行われるようになりました。2000年8月、政府はNBCテロ対策会議を設置し、2001年11月には「生物化学テロ対処基本方針」が示され、以降さまざまな形で各省庁において生物対策が実施されております。我が国においてもこの分野は感染症対策と共に今後ますます重要となるものと思われます。