特集

月刊「クリンネス」より

海外赴任に伴う感染症対策

シリーズ⑨ 狂犬病 
/都立駒込病院 感染症科 医長
菅沼明彦

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月刊クリンネス

狂犬病とは

 狂犬病は、人獣共通感染症のひとつで、哺乳動物(主にイヌ)の咬傷によって感染します。しかし、狂犬病の可能性のある動物は、イヌだけではなく、すべての哺乳動物に感染する可能性があります。日本国内では、昭和30年台初頭にヒトおよび動物の狂犬病が根絶されましたが、世界的には、狂犬病が常在していない国はまれです。毎年5万人以上が狂犬病により命を落とし、その99%以上が途上国で発生しています。インドで3万人以上、中国で約3千人が犠牲となっています。
 狂犬病は、平均1〜3か月の潜伏期を経て、発熱や咬傷部の痛みなどの症状で発病します。ひとたび発症すると急速に進行して、死亡率は、ほぼ100%です。狂犬病の特徴的な症状として、水を見ることや、水が流れる音などで痙攣が誘発される「恐水発作」が知られています。
 狂犬病の問題点として、感染の有無を発症前に診断できない、発症後の治療法が確立されていないなどがあげられます。このため、狂犬病で命を落とさないためには、発症の予防が大変重要となります。

狂犬病の予防

 海外の狂犬病流行地域で、哺乳動物に咬まれたり、引っかかれたりした場合は、速やかに医療機関を受診し、狂犬病ワクチンを接種するなどの処置が必要です。海外で処置を受けなかった場合は、帰国後すぐに医療機関を受診することです。服の上からの咬傷や、出血がない浅い傷の場合でも、処置が必要となることがあります。
 受傷後の対策には、①傷の処置、②狂犬病ワクチンの接種、③狂犬病免疫グロブリンの投与があります。傷の処置は、石鹸を使った流水による洗浄が重要です。薬草を塗るなどの現地の民間療法は、感染を促進する可能性があり、行ってはいけません。出血を伴う傷では、狂犬病ワクチンと狂犬病免疫グロブリンの併用が推奨されていますが、狂犬病免疫グロブリンが使用可能な地域は限られており、国内でも市販されていません。このため、実際には動物咬傷の重症度に関係なく、狂犬病ワクチン接種のみを行うことが多くなります。
 昔使用されていた動物の脳を用いた狂犬病ワクチンは、有効性が低いうえに、時に脳や神経に関連した副作用が発生します。途上国の一部では、まだ動物脳由来ワクチンが使われていますが、現在、多くの国で使用されている狂犬病ワクチンは、組織培養ワクチンであり、予防効果がとても高く、重大な副作用の出現は極めてまれです。動物咬傷後の狂犬病ワクチン接種(暴露後免疫)は5〜6回を要します。暴露後免疫として、海外でワクチンの接種を開始し、その途中で帰国した場合は、引き続き国産ワクチンで既定の接種回数まで接種を行います。渡航先で動物咬傷の危険性が高い場合は、渡航前に狂犬病ワクチンを接種する方法(暴露前免疫)があります。暴露前免疫を行っておくと、受傷後に2回の追加接種を行うことで、迅速かつ十分な免疫が得られます。
 狂犬病流行地域へ長期に滞在する渡航者などリスクの高い方に、暴露前免疫が推奨されますが、現在国内では狂犬病ワクチンが不足しており、すべての医療機関で実施できるとは限りません。渡航前に、時間的な余裕をもって医療機関に相談することをおすすめします。